ビタミンE欠乏症を疑ったフンボルトペンギン雛の連続死
○岩尾一・山田篤(新潟市水族館)
序
ビタミンE(トコフェロール)は、強力な抗酸化作用を持ち、細胞膜の安定性や脂質代謝に関わる脂溶性ビタミンである。ビタミンEが欠乏した動物の体内では、活性酸素により、生体膜のリン脂質に過酸化脂質が蓄積し、組織傷害や脂質代謝異常が起きる。ビタミンE欠乏症としての症状には白筋症、汎脂肪織炎、溶血性貧血、高脂血症などがみられる。7, 8 家禽やワニではビタミンE欠乏による産卵率や受精率, 孵化率の低下、孵化仔の死亡率の増加も報告されている。11.13
海産魚類は高度不飽和脂肪酸を多く含み、冷凍保存状態でも、脂肪酸の酸化とビタミンEの消費が進行し、長期間冷凍保存した海産魚類ではビタミンEが欠乏しやすい。したがって、飼育下の魚食性動物は潜在的にビタミンE欠乏症を発症する可能性が高いと想定され、特に冷凍餌料を与えている場合は、魚食性動物の餌にはビタミンEを日常的に添加することが推奨されている。3, 4, 16 飼育下にある魚食性の鳥類(ペリカン1、サギ12、ウミスズメ15)や哺乳類(アザラシ6、アシカ2,5)、爬虫類(ガータースネーク9, ワニ10,11)では、ビタミンE欠乏症が古くから報告されているものの、ペンギン類での報告はない。3 新潟市水族館で孵化したフンボルトペンギンの雛で、ビタミンE欠乏症と考えられる連続死亡例がみられたので報告する。
症例報告
・雛の連続死
新潟市水族館では、2008年11月から2009年7月のフンボルトペンギンの繁殖シーズン中に4組のペアから10個体の雛を得たものの、そのうち8個体が死亡した。死亡個体8例のうち5例で、臨床症状としては10日齢前後での急激な体重減少、元気消失、口腔内の白化、剖検時の肉眼所見としては口腔から食道の粘膜面のチーズ様膿、心臓の白色化、肝臓の黄疸と壊死、筋肉と腎臓の黄変化と水腫様変化などが共通した症状としてみられた。死亡直後の採血が可能であった1例では、血液検査により、重度の溶血性貧血(ヘマトクリット: 9%(参考値3:
48.9±6.7%(平均値±SD))と高コレステロール血症(コレステロール: 571 mg/dl(参考値3: 262±77 mg/dl) (平均値±SD))を認めた。これらの所見から、ビタミンE欠乏症を疑った。7, 8
他3例の死因は感染症(腸管クロストリジウム症)が1例、他個体による圧死が1例、不明が1例であった。
・雛へのビタミンE投与
ビタミンE欠乏症を疑う所見が見られた雛と同腹で、同時期に育雛中で、体重減少傾向がみられた雛2個体に、ビタミンEを含有する海獣用総合ビタミン剤(MAZURI® Vita-Zu® Mammal Tablet w/out Vit A 5TLA)を砕いたものを、数日おきに強制給餌するようにした。
投与を開始した数日後から、2個体ともに体重の顕著な増加が認められ、巣立ちまで至った。
・親個体の血中ビタミンE濃度
新潟市水族館ではフンボルトペンギンには冷凍マアジを与えていたが、ビタミン剤の投与を全く行っていなかったため、親個体のビタミンE欠乏症も懸念された。2009年7月中旬から下旬に、死亡雛の雌親2個体と, 比較として当該年度は未育雛だった雌2個体の計4個体の血中ビタミンE濃度と総血球数、血液生化学値の検査を行った。しかし、いずれの個体にも特に異常はみられなかった(血清中ビタミンE濃度: 1.43±0.16 mg/dl((平均値±SD) 参考値3: 3.56±1.69 mg/dl)
(平均値±SD))。
・現在の状況
2009年8月よりは、全飼育個体を対象にした海鳥用ビタミン剤(MAZURI® Vita-Zu® Small
Bird Tablet 5M25)の投与を開始した。巣立ち前の雛には、数日おきに個別に強制投与した。成鳥は個別給餌を行っていないため、週二回、飼育個体数と同じ数のアジにビタミン剤を一錠ずつ挿入し、集団給餌用のアジに混合する形で投与するようにした。
ビタミン剤投与を開始してから、現在までは、類似の死亡例やビタミンE欠乏症を疑う症状を示す個体はみられていない。
考察
本症例では、雌親の血液中のビタミンEは欠乏していなかったことから、親個体の体内にはビタミンEの蓄積が十分にあり、当該年度の受精卵の卵黄には、胚の発生が孵化まで進行するのに必要な量のビタミンEが雌親から移行していたものと考えられた。14 しかし、孵化後に親から供給された吐き戻し餌中のビタミンEが不足していたため、雛の体内に移行していたビタミンEが枯渇した時点で、ビタミンE欠乏症を発症し、近い日齢での死亡が相次いだものと思われた。これまで新潟市水族館では類似した死亡例が発生しておらず、また当時の飼育環境や給餌方法は以前と特に変化がなかったことから、当該年度に用いた餌料の産地、脂肪含量、保存状況等に問題があり、餌料中のビタミンEが他年度よりも低下していたものと疑っている。しかし、真偽は不明である。
魚食性鳥類の雛でのビタミンE欠乏症の類似例としては、ツノメドリ Fratercula corniculataの野性採取の雛6羽を、ビタミンE添加を行わずに冷凍魚を用いて人工育雛したところ、全ての個体が人工育雛開始後5日目にビタミンE欠乏症が疑われる症状を示し、死亡したという報告がある。15
今後は、死亡した雛のホルマリン固定標本を用いた組織検査を実施し、組織学的にもビタミンE欠乏症の症状が見られるか検討予定である。また、親個体についても、継続的な血中ビタミンE濃度のモニタリングを予定している。
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