雄のカマイルカの性ホルモン周年変化についての知見

2005年1月
展示課 新田 誠

新潟市水族館では、雄のカマイルカLagenorhynchus obliquidens(体長220㎝、体重117㎏、飼育年数4年) の性ホルモン周年変化を把握する目的で、血液中のテストステロン値の測定を定期的に実施している。 血液中の性ホルモン濃度は、血漿を分析することにより得ることが出来るため、血液の採取が必要となる。 血液は、イルカをプールデッキと平行に仰向けに浮かせて静止させる、ハズバンドリーと称される行動を、 オペラント条件付けにより強化後、尾鰭の血管から注射針を用いて採取した。 採取した血液は、抗凝固剤(ヘパリン)を少量加えた後、遠心分離により有形成分と無形成分とに分離した。 分離後、無形成分である血漿を0.5ml採取し、 生化学分析機関である新潟臨床検査センターへテストステロン値の測定を依頼した。 テストステロン値測定を目的とした血液の採取は、2002年から定期的に行い、 テストステロン値の上昇が見られない時期では月に1~2回程度、 上昇が確認された後は、週に1回程度の間隔で実施した。 その結果、2003年に12検体、2004年に25検体の標本を得た。

  テストステロン値の変動範囲は2003年が29~1158ng/dl、2004年が35~4700ng/dlであった。 2003年では、6月6日に234ng/dlへの上昇が見られ、7月23日に1158ng/dlで最大となり、9月24日に106ng/dlまで下降した。  2004年では、5月11日に114ng/dlへの上昇が見られ、7月23日に4700ng/dlで最大となり、9月24日に99ng/dlまで下降した。 2003年、2004年ともに、若干のずれは見られたが、5月頃に上昇が見られ7月に最大になり、 9月に下降する傾向が見られた。 10月から翌年の4月までは、2003年2月24日の165ng/dlを除くと、29~99ng/dlの範囲で低い値で推移することから、 年周期での発情と認められる性ホルモン値の上昇は1回であり、5月から9月にかけて上昇することが確かめられた。 以上の結果から、飼育下の雄のカマイルカでは、 春から秋にかけて血液中のテストステロン濃度が上昇するという季節性を持つことが示唆された。

カマイルカ(♂)の血液中テストステロンの周年変化

 

〈引用文献〉
吉岡 基(1990)「内分泌系-繁殖生態との関連」宮崎信之・粕谷俊雄編『海の哺乳類』サイエンティスト社pp.14-22
紺野邦夫(1993)『n系統看護学講座 専門基礎3 生化学』医学書院
笠松不二雄(2000)『クジラの生態』恒星社厚生閣

 

用語解説
<ホルモンとは?>
冷水域に生息している鯨類には春から夏にかけて繁殖期があると考えられている。 繁殖期とは、動物が発情に伴い交尾・出産・育児などの繁殖行動を行う時期のことであり、 これには体内で生成されるホルモンhormoneと密接な関係がある。 ホルモンとは、化学物質を直接血液中に送り出す腺組織(内分泌腺endocrine gland)から分泌される物質のことである。 ホルモンは血流に乗って、各ホルモンの作用する特定の器官(標的器官 target organ)に運ばれ、 代謝調節などの生理活性をコントロールする。ホルモンは、次の4つに分けられる。

(1) タンパク質性のもの
(2) ステロイド性のもの
(3) アミノ酸からなるもの
(4) その他、簡単な有機化合物

ホルモンを分泌する内分泌臓器には、下垂体(脳底部のトルコ鞍の陥凹部にあり、 前葉・中葉・後葉の3部からなる。)・甲状腺・上皮小体(副甲状腺)・ 膵臓・副腎髄質・副腎皮質・雌雄の性腺(精巣・卵巣)・松果体・消化管などがある。 下垂体の前葉から分泌されるホルモン(下垂体前葉ホルモン)を、 特定の内分泌腺を刺激してそのホルモンの分泌を促す刺激ホルモン(上位ホルモン)といい、 成長ホルモン・性腺刺激ホルモン・乳腺刺激ホルモン・甲状腺刺激ホルモン・ 副腎皮質刺激ホルモンの5種類が知られている。 これらの中で、繁殖行動を制御し、性ホルモンsex hormoneを刺激するホルモンが性腺刺激ホルモン (ゴナドトロピン gonadotropin)である。 性ホルモンとは、下垂体の性腺刺激ホルモンによって性腺(精巣および卵巣)と 胎盤から分泌されるステロイドホルモンの総称である。 性ホルモンを雄ではアンドロゲン androgenといい、雌では、卵巣からのエストロゲン estrogenと、 排卵後に形成され黄体から分泌されるゲスターゲン gestagenとに分けられる。性ホルモンの分泌は、 下垂体前葉から分泌される黄体形成ホルモン luteinizing hormoneによって調整を受けている。
黄体形成ホルモンとは、間質細胞に作用するホルモンで、性ホルモンの分泌を促す。 雌では濾胞の黄体化と排卵の促進が起こり、雄では精巣の間質細胞に作用してテストステロンtestosteroneの合成 を促進する。
テストステロンとは、精巣から分泌されるアンドロゲンの代表的なステロイドであり、 他にアンドロステンジオン・デヒドロエピアンドロステロンなどがある。アンドロゲンを分泌する精巣は、 多数の小葉組織からなっており、精細管と間質組織がある。精細管は精子を形成し、 間質組織の間質細胞はアンドロゲンを生成する。アンドロゲンには次のような作用や特徴がある。
(1)性的機能の発達促進:胎生期の性分化、生後の精子形成、精巣上体(副睾丸)・輸精管・前立腺・精嚢・陰茎 などの発育および機能の促進。
(2)タンパク質の合成促進。
性成熟個体では、発情に伴い血液中のテストステロンの合成が促進されることが予想されることから、 テストステロン値を測定することにより、雄の発情期を推定することが可能となる。

上部へ