2012年 第18回日本野生動物医学会
展示課 岩尾一, 澁谷こず恵
【序】
代謝性骨疾患(MBD)は, 飼育下の爬虫類で好発する疾患であり, ビタミンD欠乏症, カルシウムの摂取不足, リンの過剰摂取, 腎不全等が原因となる. ビタミンDの欠乏要因としては, 経口からの摂取不足, 紫外線不足による体表での合成不良がある(Ulirey, 2003).飼育下のアオウミガメ Chelonia mydas が, ビタミンD欠乏症によるMBDと確定診断されたので, その臨床経過を報告する.
【症例】
屋内にて紫外線照射を行わず飼育していた野生由来のアオウミガメ(搬入時直標準甲長:69.4cm, 体重:50.2kg)が搬入後約23ヶ月目ごろより, 食欲不振, 元気消失, 浮遊姿勢の異常の症状を呈したため, 別水槽に隔離し, 診察を行った(第1病日). 身体検査では削痩, 橋部および背甲の軟化, 甲板境界部での結合組織の脱落, 成長線の消失,古い甲板の脱落不良が明らかになった. 血液検査では血中カルシウム値の軽度低下のほかに著変を認めなかった. 飼育履歴と臨床症状からMBDを疑い,爬虫類用紫外線灯の設置を第2病日より行った. 第5病日より摂餌が回復してからは, 炭酸カルシウム剤の経口投与(餌のマアジ500gにつき150-300mg, PO)を開始した. 第2病日の凍結保存血清中の25-OH-ビタミンD濃度は検出限界値未満(<0.5ng/Ml)であり, ビタミンD欠乏症と確定診断されたため, 第17病日よりはコレカルシフェロールの投与(400IU/Kg, IM, Q14day.2)も行った. 第156病日の採血時には, 血中25-OH-ビタミンDの値は25ng/Mlまで回復し, 甲羅の異常も改善傾向である.
【考察】
ビタミンDの摂取経路は, 経口と紫外線による体表での合成の主に2つあるが, どちらかのみに依存した動物種もある(前者の代表は哺乳類の食肉目, 後者は爬虫類のイグアナ)(Ulrey,2003).カメ類における経口でのビタミンD吸収能を調べた事例はないものの, 経験的にはウミガメ類では紫外線照射を行わなくとも屋内飼育が可能であることから, 餌に含有されるビタミンDを摂取することで最低限のビタミンD要求は満たせるものと思われる. 特に海産魚はビタミンDを豊富に含む(Bernard And Allen, 2002).事実, 本症例個体と同水槽で飼育されていた同種他個体(N=3)については,甲羅の成長線もはっきり確認でき, ビタミンD欠乏症を疑う症状は現れていなかった. しかし, 屋内飼育下のアオウミガメは, 野生もしくは屋外飼育個体よりも血中25-OH-ビタミンDが低値を示すという報告が増えており(Purgleyet Al., 2009; Stringeret Al., 2010),紫外線照射も重要な要素であるようだ.
症例個体は, 同居していた他個体に餌を奪われがちで, 十分な摂餌が行えていなかった様子が発症数ヶ月前から見られていた. 紫外線照射がなく, ビタミンDの供給が餌由来に限られている状況で, さらに餌からのビタミンD摂取も制限され, ビタミンD欠乏症を発症したものと考えられた.