左後肢基部が腫脹したゴマフアザラシ

2013年 第39回海獣技術者研究会

展示課 田村広野,岩尾 一,井村洋之

2013年6月6日午後(第1病日),1頭のゴマフアザラシ Phoca largha (雌,3歳)左後肢基部が直径約 6cm の半球状に腫脹した.元気ではあったが,午前より摂餌が無く,左後肢関節の強直,他個体や人への神経質感が顕著だった.同日夕方の患部の触診では熱感,硬結感,液体や固形物の貯留は感じられず,視診では明らかな出血や外傷は確認できなかった.対症療法として,抗生剤(アンピシリン 20mg/Kg,皮下注,1日1回)と鎮痛剤(ケトプロフェン 1mg/Kg,皮下注,1日1回)を投薬した.第1病日の血液検査では,白血球数と CK 値の高値,鉄の低値が顕著で,筋組織の異常をともなった炎症性疾患を示す所見であった.第2病日のエコー検査および穿刺生検でも有意な所見はなかった.第2病日には腫脹がやや縮小したが,摂餌はないため,皮下注射での投薬を継続した.

第3病日には摂餌が回復したため,経口での抗生剤(アモキシシリン 10mg/Kg,1日2回)と鎮痛剤(カルプロフェン 1mg/Kg,1日1回)の投与に切り替えた.第3病日の血液検査は,第 1 病日よりも改善傾向の所見であった.腫脹部は,第4病日以降から縮小しだし,第6病日にはほぼ正常に戻った.左後肢の動きは,第2病日以降からゆっくりと改善され,第6病日に左右差はほぼ無くなった.

鎮痛剤は第6病日,抗生剤は第10病日まで投与した.各種検査所見,抗生剤の反応からは,鼠径ヘルニア,壊死性筋膜炎,皮下膿瘍,血腫などの鑑別診断は除外され,蜂窩織炎に近い病態であったと考えられた.起因菌の特定はできなかったが,使用したグラム陽性菌用の抗生剤に反応したことから,人や他種動物の蜂窩織炎の原因菌として多い連鎖球菌やブドウ球菌の関与が考えられた.もし発症当日に血液培養を行っていれば,起因菌を分離できたかもしれない.

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