研究会発表 抄録集

研究会発表 抄録集

フンボルトペンギン Spheniscus humboldtiにおける胸部気嚢への腸管嵌入例

2022年 第28回日本野生動物医学会大会
Intestinal herniation into thoracic air sac in Humboldt penguins  Spheniscus humboldti

 岩尾一 1)
1) 新潟市水族館

[序]死亡したフンボルトペンギンの解剖時,消化管の一部が胸部気嚢内に嵌入している事例を2個体で経験した.他鳥種を含めて,類似例の報告が見当たらないこともあり,報告する.
[症例個体1]メス,31歳11ヶ月齢.鬱血性心不全で死亡.左胸部気嚢の心臓近くの部分に直径5 mm大の穴が開き,15 cmほどの消化管の一部がループ状に嵌入.漿膜に覆われた1 cm × 2 cm × 0.5 cm大の小判型の黄色および直径 2 .5 cm × 0.5 cm 大の黄灰色の腫瘤物が付着. 気嚢内・外ともに漿膜面での炎症反応はない.嵌入した消化管の気嚢内での癒着はなく気嚢内で遊離.嵌入部での消化管の絞扼はない.痩せ気味だが量を食べない傾向が死亡半年前程度からあった.BCS 2/5.
[症例個体2]メス,34歳11ヶ月齢.鬱血性心不全で死亡.左胸部気嚢の心臓脇から十二指腸の一部が嵌入.嵌入した十二指腸は直径3 cm程度の嚢胞状に漿膜で覆われる.腹腔側の消化管嵌入部は滑らかに漿膜で覆われ,絞扼は起こしていない.嚢胞状物内の十二指腸の漿膜との癒着はない.死亡前の食欲不振などの既往歴はなし.BCS 5/5.
[考察]気嚢内に腸管が嵌入していた2個体とも,生前に顕著な呼吸症状や消化器症状はなく,気嚢病変そのものによる臨床上の不具合はほとんどなかったと思われる.両個体とも消化管嵌入が左胸部気嚢の類似位置から生じており,慢性の心疾患が死因となっていた点が共通していたものの,解剖学的構造,病態生理などから共通の背景要因があったのかは例数が少なく不明である.嵌入のきっかけは,何らかの大きな衝撃が加わった際に気嚢が破損し,腹腔内との連絡が生じた場合,呼吸運動に伴い近接する消化管が入り込むなどが憶測される.症例個体1については消化管以外に卵黄遺残物とそれに対する炎症反応に由来すると思われる腫瘤物も気嚢内に嵌入していたが,腫瘤物が周囲漿膜や消化管との癒着などの炎症反応は見られず,炎症反応による気嚢損傷が消化管嵌入のきっかけになった可能性は否定的であった.症例個体1では消化管嵌入部が開放状態で腹腔内と連絡し,症例個体2では消化管が漿膜で覆われ気嚢内腔と腹腔内は隔離された状態になっていたが,病変形成時から気嚢の漿膜の二次再生までの時間経過の差を反映しているのかもしれない.

 

鮮魚を用いたヤナギムシガレイの人工授精

2020年 JAA第1回水族館研究会

 新田誠 1), 八木佑太 2)
1) 新潟市水族館 展示課  2) 水産研究・教育機構 水産資源研究所 

ヤナギムシガレイTanakius kitaharaiは,北海道以南の日本沿岸に分布するカレイ科ヤナギムシガレイ属の魚であり、水深100~400mの砂泥底に生息する.日本海側では高値で取引される重要な水産資源であり,新潟市においては全国に誇る魚として,食の銘産品に指定されている.本種は,主に底びき網により漁獲されるため,親魚の生体での確保が難しい.当館では地域を特徴づける魚として本種の飼育に取り組み,漁獲された鮮魚を用いた人工授精による育成研究で成果を得たので報告する.
本種の産卵期は1~3月であり,2017年2月と3月に,新潟漁協新潟支所に水揚げされた鮮魚を用いて人工授精を実施した.採卵は,メスの腹部を圧迫して採卵する搾出法を用いた.採精は,搾出法では放精しないため,オスから精巣を取り出して細かく刻み,予め作成しておいた人工精漿に浸し,ネットで濾して精液を採取した.受精には乾導法を用いた.受精卵は,天然海域の表層水温と同じ約12℃で管理した.ふ化仔魚の育成は,約15℃で行い,着底後は約11℃とした.
親魚は,漁獲直後に海水に氷を入れた容器に収容し、低温で鮮度保持した状態で港まで輸送した.漁獲から人工授精までは,3時間以上を要した.人工授精は2検体で実施し,受精卵数は,2月が2,200粒(受精率33.4%),3月が200粒(受精率28.6%)であった.卵の管理は水温12.5(±0.48)℃で行ない,受精後5日目にふ化,ふ化仔魚数は2月では1,000個体(ふ化率44.6%),3月では0個体(ふ化率0%)であった.仔魚の育成は,水温14.9(±0.40)℃で行った.ふ化後3日で開口した.開口直後から,SPC(クロレラ工業㈱)で栄養強化したシオミズツボワムシを10個体/mlになるように給餌した.ふ化後23日目で斃死が目立ったが水温を10.9(±0.31)℃にすることで沈静化,ふ化48日目で着底個体が現れ、約200尾が着底した.
本種の天然魚による人工授精に関しては,1998年に新潟県水産海洋研究所で実績があり,受精率17.8%との報告がある.本研究の鮮魚による受精率は、生体による受精率を上回る28.6~33.4%であり,鮮魚による人工授精の有効性が認められた.2020年には,親魚の生息場所と同じ約12℃で鮮魚を輸送し人工授精を行った結果,受精率40~65%(n=2)で,生息深度と同じ水温で鮮魚保持すると,受精率が向上する可能性が示唆された.

ヤナギムシガレイ Tanakius kitaharai

ヤナギムシガレイ Tanakius kitaharai

マスメディアを介した情報発信に教育普及効果はあるか

マスメディアを介した情報発信に教育普及効果はあるか

○石川訓子、大和 淳、岩尾 一、加藤治彦

(新潟市水族館マリンピア日本海)

 

新潟市水族館マリンピア日本海では、展示生物の情報をマスメディアへ発信する際、教育普及目的から、種についての生物学的な情報を提供するようにを心がけている。しかし情報提供の教育普及効果をこれまで検証してこなかった。今回、試行的ではあるが、検証を試みたので報告する。なお検証は正答率を調査するものではなく、解答の選択に注目した。

当館では1990年の開館以来初めて2019年7月29日にカマイルカが出産し、同年8月29日より一般公開を行っている。プレスリリースは、5月13日(妊娠とイルカショー中止の予定)、7月30日(出産とショー中止継続)、8月1日(ショー再開)、8月7日(母仔の報道機関先行公開)、8月26日(一般公開)と計5回行い、多くのメディアで取り上げられた。また地元テレビ局により妊娠・出産準備・分娩・育児と一連を収録した密着番組が8月16日に放送された。

調査期間は9月7•8日の2日間、カマイルカの親仔を観察した来館者を対象とした。調査はアンケート形式で、調査項目は、出産に関する事前情報の有無、情報入手先、生物学的なクイズとした。クイズの設問は、視覚的情報3問(②分娩方法・③背びれ・⑤色)と非視覚的情報2問(①妊娠期間・④生存率)計5問を3択とした。

アンケートは151人から回答を得た。回答者の78.8%がカマイルカの出産を来館前から認知しており、そのうち58%が情報入手先をマスメディアとしていた。回答者をマスメディアからの「情報あり」と「情報なし」の二群に分け、クイズの設問ごとに独立性の検定としてχ検定を行なった。またメディアの情報が解答選択に与えた影響として、選択肢ごとに寄与した割合(「情報あり」の解答割合-「情報なし」の解答割合)/(「情報あり」の解答割合)を求めた。

結果①妊娠期間、②分娩方法、③背びれに関しては、情報の有無にかかわらず期待値以上の偏りが見られ、また正答に寄与した割合は正(21.0%、15.9%、8.4%)であった。一方⑤色に関しては、「情報あり」の方が偏りがなく、正答に寄与した割合は負(-9.4%)であった。④生存率に関しては、「情報あり」にのみに偏りが見られ、解答ア(生存率20%)と解答イ(生存率50%)に寄与した割合が正(7.82%、5.69%)となり、解答ウ(生存率80%)は寄与したら割合が低く(-40.47%)なったことから、情報を得ていた方に「生存率は高くない」という印象として伝わっていると推察された。

マスメディアの教育普及効果は、ある程度期待できるが、数値のような正確な情報を伝えるのは難しい。ただ今回のアンケートは、回答者が来館者という時点でバイアスがかかっている可能性が高く、一般を反映しているとは言い難い。設問と合わせて調査方法の検討も必要である。

人工育成したアカムツの親魚養成技術開発への取り組み

2019年 第64回水族館技術者研究会

 新田誠 1), 八木佑太 2), 石澤佑紀 1)
1) 新潟市水族館 展示課  2) 水産研究・教育機構 水産資源研究所 

新潟市水族館では,アカムツの飼育展示を維持するために人工育成を実施している.人工育成の課題は受精卵の確保であり,採卵・採精用親魚を安定的に確保するための親魚養成技術の開発が必要不可欠である.本種の天然海域での成熟年齢が雄3歳,雌4歳であることから,2014年に卵から育成した3-4歳魚を対象に,親魚養成を目的とした成熟検査を実施した.水量3m3,水温12.8±1.2℃,照明なしの飼育条件(2017年10月-2018年9月)で成育した人工育成魚93尾(3歳8ヶ月-4歳)を対象とし,生物精密測定(雌雄の判定,全長,体長の測定および体重,生殖腺重量の秤量)を行い,生殖腺重量指数(GSI)を算出した.性別は雄72尾,雌6尾,不明15尾で,性比が雄に偏る傾向がみられたため,本研究では,雄の成熟度の検証に重点を置いて実施することとし,人工育成した雄個体の精子性状,および天然雌個体との受精能力に関する検査を行った.搾出法で得た6尾(4歳齢,飼育条件:水量3m3,水温12.8±1.2℃,照明なし)の精子性状は,精子数21.1×108-132.8×108/ml,活性1以下-60%,pH6.8-7.2であった.2018年9月に,天然雌との人工授精を計6回実施した結果,浮上卵率は3-91%,浮上卵数に対する孵化率は0-20%の範囲にあり,GSI0.22以上で受精能力を有することが確かめられた.精密測定した93尾(全長115-307㎜(185.5±26.3),体長94-253㎜(150.5±22.0),体重22.7-391.8g(99.7±46.6))のうち,雄72尾のGSIは0.10-2.35で,73.6%が成熟と考えられるGSI0.22以上であった.雌6尾のGSIは0.16-1.62で,天然の成熟雌のGSI8.21-19.41(N=19)と比べて未熟であったため,同じ飼育条件では成熟しないと判断された.雌の成熟度の検証には人工育成した雌個体が必要であり,今後の親魚養成技術開発の進展には,雌を育成するための条件を解明する必要がある.

新潟市近郊の陸水環境を模した「にいがたフィールド」とその活用について

2018年 第63回水族館技術者研究会

展示課 平山結,田村広野 管理課 石川訓子, 大和淳

 1990年に誕生した新潟市水族館マリンピア日本海は, 老朽化及び耐震対策, バリアフリー化, 新たな魅力の付加を目的に, 2013年にリニューアル工事を実施し, 屋外に「にいがたフィールド」を設置した. その概要と活用を紹介する. 「にいがたフィールド」はある種のビオトープで, 築山・里域の水辺環境・芝生広場から構成される敷地面積3400㎡のゾーンである. 里域の水辺環境として, 地面を掘削して遮水シートを埋設し, 小川・ため池・たんぼ・わき水・砂丘湖の5つの環境を模した. 総水量は100㎥で最大水深は90㎝である. 各水域は小川でつながり, 水道水を中和した飼育水と井戸水を供給し, ポンプ循環を施している. 水温は, 井戸水の供給点である湧水では年間を通して14℃前後と一定であり, その他の場所では気温の影響を受け変動している. 「にいがたフィールド」は新潟市近郊の陸水環境を模し, 水生植物ではアサザやトチカガミなど, 魚類ではシナイモツゴやホトケドジョウ, トミヨ属淡水型など, レッドリスト選定種を含めた在来種を半自然的な環境で成育させている. これらの種の一部は自然に繁殖, 定着し, 生息域外保全にも資されている. また, 学習機会を提供するため, 3月から11月までの月1回, 各エリアを職員が解説しながら案内するガイドツアーを実施している. ツアーは10名につき1名のスタッフが対応し, 多くの質問を受けるなど参加者の反応はよい. ユニークな体験として, 同一の20名を対象に6月から11月までの期間に, 田植え・稲刈り・脱穀・わら細工の一連の流れを体験してもらい, 「米どころ」新潟の水域文化の一部である農業や伝統について伝えている. 普段できない体験ができてよかったなどの感想が多く, 参加者の満足度は高い. 「にいがたフィールド」には導入生物以外の昆虫や鳥類なども来訪し, 一部は定着するなど多様化も増している. 今後も, 健全な展示環境を維持し, 希少生物の保全及び教育普及を推進していきたい.

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