プレドニゾロン投与中のカリフォルニアアシカで発症した深部皮膚トリコスポロン症

2024年 第30回日本野生動物医学会大会

岩尾一(新潟市水族館)
大村美紀(株式会社MycoLabo)
槇村浩一(帝京大学・医真菌研究センター)

【序】トリコスポロン属菌は土壌や水中に普遍的に存在する担子菌酵母で,人や動物で表在性から深部の皮膚感染症を引き起こすこともある.トリコスポロン属の分類は近年,大きく変わり,元来Trichosporon属とされていたものが5属に再分類され,菌種同定にはDNA解析が不可欠となっている.
【症例】新潟市水族館で飼育しているカリフォルニアアシカ Zalophus californianus(メス,26歳,体重 80 kg)が同居しているゴマフアザラシ Phoca largaによる咬傷で右後肢第5指に重度の裂傷を負ったたため,別室に隔離した(1病日).慢性のアクチノマイセス性下顎骨炎,腰椎の変形性関節症による疼痛を管理するため,当該個体にはアモキシシリン(500 mg PO bid),メロキシカム(10 mg PO sid),トラマドール(25 mg PO sid)を投与していた.隔離中に脊椎症を発症し,沈鬱,食欲不振に陥ったため,抗炎症量のプレドニゾロン投与を漸減投与した(5 mg PO sid(26-31病日), 2.5 mg PO sid(32-47病日),1.25 mg PO sid(48-56病日)). 60病日の時点で咬傷部の裂傷の回復傾向が無く,皮膚表面に多数の水泡状病変が出現,細胞診および培養検査で黄色ブドウ球菌が病変部から検出されたため,アモキシシリン・クラブラン酸の合剤(オーグメンチン250RS® )(1錠 PO bid)も追加した.64病日より皮膚の剥離,皮下組織と指末端組織の壊死と脱落が進行した.75病日に,脱落した皮下組織の水酸化カリウム処理後の標本の細胞診で,菌糸様構造物を確認したため,76病日からテルビナフィン軟膏の1日2回の局所塗布を開始したところ,病変の拡大は収まり,95病日ごろまでにはほぼ上皮化した.75病日に,脱落した皮膚片と皮下の壊死組織をクロモアガーカンジダ培地へ接種後,37℃で14日間の培養で,遅発育性の酵母型真菌による白色から赤紫色を呈するムコイド様コロニーが得られた.発育菌株はリボソームDNAのD1/D2領域を対象とした遺伝子同定で,Cutaneotrichosporon cutaneumと同定された.In vitroの薬剤感受性検査では多くのアゾール系薬に良好な感受性を示したが,テルビナフィンやキャンディン系の感受性は低下していた.
【考察】C. cutaneumはトリコスポロン科に属する担子菌で,以前はTrichosporon cutaneumに分類されていたが,2015年に現在のC. cutaneumに再分類された.本菌の感染例はまれであり、動物では調べた限り報告はない.今回行った薬剤感受性ではテルビナフィンに対する感受性が低下していたが,症例個体ではテルビナフィンの外用を行った後皮膚症状は完治しており,テルビナフィンが奏功した可能性もある.この理由としては、外用で抗真菌薬を使用すると病変部での濃度が高くなるため、感受性が低くても用量依存的に奏功したことが考えられた.本症例でC. cutaneum感染の発症に至った背景には,咬傷による皮膚バリアの破綻,低用量とはいえプレドニゾロン投与による免疫抑制の影響が複合的に作用した可能性が否定できない.


     
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