調査・研究

研究会発表 抄録集

アシナガスジエビの育成と幼期の形態

2008年 第53回水族館技術者研究会

展示課 ○ 新田 誠


アシナガスジエビは,房総半島および新潟県以南から九州沿岸にかけて分布する。 本種は,倉田(1968)により,神奈川県荒崎産の幼期の形態が報告されている。 この度,日本海側の北限域にあたる新潟県産の幼生を育成し,幼期の形態および生態を観察したので報告する。

親エビは,2008年7月に新潟県柏崎市で採集した。 自然抱卵後,発眼卵が確認された親エビをプラスチック水槽(400×300×200mm,水量20L)へ移動して孵出幼生を得た。 幼生は,室温が22℃に設定された室内で飼育し,照明は7~18時の11時間点灯した。 餌料は,栄養強化(プラスアクアラン,BASF Japan 製)したシオミズツボワムシを約40個体/mL与え,成長に伴い栄養強化したアルテミア幼生を投与した。 弱い通気を常時行い,底面の掃除と飼育水の1/3量換水を1日1回行った。

ゾエア幼生8期を経て,孵出33日後にメガロパ期となり着底した。1期は,全長平均2.35mm,甲長0.51mm,眼は頭胸甲と癒合して不動,第3腹節の背甲が 鎌状に隆起する。尾節周縁の羽状毛は7対。2期,全長平均2.89mm,甲長0.66mm,眼は有柄可動となる。頭胸甲に背歯と眼上棘が出現する。 3期,全長平均3.63mm,甲長0.70mm,背歯が2本となる。第6腹節と尾節が分離し,尾肢が出現する。4期,全長平均4.01mm,甲長0.76mm, 頭胸甲の背歯が3本になる。第5胸脚が著しく伸長し,尾肢の内肢が発達する。5期,全長平均4.87mm,甲長0.85mm,腹肢の原基が出現する。 6期,全長6.00㎜,甲長0.95mm,腹肢が内外肢に分離する。 7期,全長6.05㎜,甲長1.10mm,第1,第2胸脚がはさみ脚となる。8期,全長6.70㎜,甲長1.20mm,腹肢に短毛が認められる。 メガロパ期は,全長7.50㎜,甲長1.45mm,第2触角内肢が伸長し,額角の上縁に11歯,下縁に5歯が出現した。

幼期数は,倉田(1968)と同様であったが,幼期の羽状毛数やメガロパ期の額角歯数等が相違した。


ゾエア1期

アシナガスジエビ(親)


飼育下バイカルアザラシ Phoca sibirica の胎仔成長

2008年 日本野生動物医学会

○ 岩尾一1) ,進藤順治2) ,大越智香1) ,加藤結1) ,橋村一美1), 山崎幸雄1)
1)新潟市水族館マリンピア日本海,2)北里大学


【背   景】
鰭脚類の繁殖様式には着床遅延が存在する。受精卵が発生を胚盤胞期で停止した状態を数ヶ月間維持した後,着床し, 胚発生の再開および胎盤形成を開始する現象である。 着床遅延期間の調節は光周期刺激によると考えられている(Boyd, 1999)。 そのため, 鰭脚類の交尾期, 受精期, 妊娠期間, 胎仔齢の特定はしばしば困難である。 バイカルアザラシ Phoca sibirica はバイカル湖に棲息する淡水性アザラシであり, 国内複数の園館でも飼育展示されている。 しかし, 繁殖様式については, Thomas et al.(1982)による野生下の断片的な記載以降はほとんど報告がなく, 飼育下での繁殖例もまれである。 そこで, 飼育下での出産例をもとに, バイカルアザラシの胎仔成長パラメーターの推定が可能か検討した。

【材料と方法】
人工照明下(明期:8.5時間, 暗期:15.5時間)で屋内飼育されているバイカルアザラシの2003年11月から2007年12月までの出産例を分析対象とした。 前回の出産日の特定が可能だった流産時(n=3), 正常出産時(n=1)の胎仔重量(W)の3乗根を目的変数とし, 説明変数は前回の出産日からの日数(D) として回帰式を求めた。 ただし,正常出産の一例については,一年以内の出産が以前になかったため, Dは365日とした。得られた回帰式をもとに, 過去の出産例すべてについて(n=7), 後ろ向きに胎仔齢および交尾時期の推定を行った。 母獣の一頭については, 2007年12月の流産以降, 月1回もしくは2回の採血を行い, プロゲステロン(P4)とエストラジオール E2)の血中濃度をCLIA法で測定した。

【結果と考察】
W^(1/3)=0.063D- 6.787(r2=0.87, p=0.064)の回帰式が得られた。これより, 対象とした光条件下では, バイカルアザラシの雌は出産後, 着床が108日目に起き, 実妊娠期間は257日, 胎仔は着床後0.063 g^(1/3)/日で体重が増加すると推定された。 正常出産例では胎仔は着床後249日齢で出産され, 流産時の胎仔は76, 114, 143, 204, 214, 231日齢であったと求められた。 流産時の胎仔齢, 時期等に明瞭な関係はみられなかった。 回帰式単独では交尾期の特定はできなかった。しかし, 雌雄の行動変化や他種アザラシの例から, 出産後30日以内に発情が起きたと仮定すると, 全出産例の交尾期について, 時期的な偏りはみられなかった。よって, 対象条件下では, バイカルアザラシの雌は周年, 出産後まもなく発情し, また, 雄も受精可能な精子を周年 生産していると考えられた。血中ホルモン濃度については, 流産日から100日目の採血時にP4, E2ともに一過性の上昇が認められ, 黄体機能の再活性化および胚着床が, 回帰式からの推定時期と近い時期に起きたことが示唆された。

研究会発表資料  


新潟市水族館におけるクラゲ類の採集記録

2007年 関東・東北ブロック水族館飼育技術者研究会

展示課 ○大和 淳


新潟市水族館では1994年より継続してクラゲ類を展示している。1994年から2003年までは主にミズクラゲを常設展示していたが,2004年1月のクラゲコーナー新設にともない現在は8本の水槽を使用したクラゲ類の展示を行っている。常時7-8種のクラゲを展示する必要があるため,2004年4月より新潟県沿岸を対象としたクラゲ類の調査採集を開始した。調査採集開始後3年半が経過し一定の情報が蓄積されたため報告する。

調査採集は2004年4月から2007年10月上旬にかけて新潟県下越地方および中越地方に点在する漁港などで不定期に行い,調査採集地点,クラゲ種,個体数を記録した。調査採集地点は18ヶ所,回数は126回(同日に2ヶ所調査した場合は2回とカウント)。数回の乗船採集および素潜り採集以外は陸上から水ダモを使用して採集した。 また,水ダモが届かず採集を断念した個体で種名が確実なものについては「目視確認」として記録した.

記録されたクラゲ種は,刺胞動物門ヒドロ虫綱32種,立方クラゲ綱1種,鉢虫綱4種,有櫛動物門無触手綱1種,有触手綱7種の計45種であった。 実際に展示した種は18種で,その内,おおむね1-2ヶ月以上展示した種は9種であった。

採集方法が限定されているにもかかわらず45種ものクラゲが採集され展示の充実に貢献したと考える。今後の課題として,採集方法の多様化,"研究"を念頭に置いた採集計画の策定および実施,採集生物の長期飼育および繁殖,他園館との情報の共有化による広範囲のクラゲカレンダー作成などがあげられる。

研究会発表資料


座礁したオガワコマッコウの保護例

2007年 第33回海獣技術者研究会

○ 村井扶美佳1),加藤治彦1),鶴巻博之1),松本輝代1),新田誠1),岩尾一1)
  小林稔1),山際紀子1),長谷川泉1),榊原陽子1),窪寺恒己2)
(1)新潟市水族館マリンピア日本海,2)国立科学博物館)


2007年6月19日,新潟市北区松浜阿賀野川河口(37°57′N,139°8′E)にコマッコウ科と推定される雌成獣が生存漂着したため,新潟市水族館マリンピア日本海に搬入した.通報から搬入までに要した時間は約3時間であった.プール収容前に,外部形態の計測を行った結果,背鰭が背の中央付近に位置し背鰭高が体長の5%を占めることからオガワコマッコウ Kogia simus と同定した.2007年10月1日時点での(財)日本鯨類研究所ストランディングデータベースによると,国内での保護例は3例目である.

収容施設は屋内展示用プール (14.0×7.5×H3.0m)を使用した.飼育水温は22.1℃±0.3℃,飼育水残留塩素濃度は0.2ppm±0.1ppmであった(2007/6/19-2007/6/21).収容直後,自力遊泳し暗赤褐色の排泄物を出した.また体を倒立し頭部を水底に押し付け,潜行しようとする行動が繰り返し見られた.搬入から一時間半後には,この行動の出現頻度は低下し,水面に浮遊した状態で止まった.搬入翌日も水面浮遊状態を維持していた.補液等の治療を行うため陸上取り上げを試みたが,水中で保定する際,激しく暴れたため中止した.この際暗赤褐色の排泄物を出し,プールの視界は完全に得られなくなった.搬入3日目も水面浮遊状態が続いた.スルメイカを口元に差し出し,給餌を試みたが反応は無く,昼から嘔吐や吐血が続いた.夕方になり突然暴れ,高速遊泳や頭部を壁面に強打するなど異常行動を起こした.直後に取り上げたが,呼吸は確認されず死亡した.死亡時の体長と体重は,216㎝,147㎏であった.剖検の結果,右肺出血,心内膜内出血,解離性動脈瘤が確認され,直接の死因は出血による窒息および循環機能不全と考えられた.胃内容物から少なくとも4種の頭足綱の下顎板を同定した.

    


シナイモツゴの系統保存について

2013年 東京大学大気海洋研究所共同利用研究集会 水族館との共同研究。その現状と、将来展望に期待を込めて

展示課 石川訓子
新潟大学理学部 坂井雅人,酒泉 満


シナイモツゴは、かつて関東から東北地方に広く分布していた種であるが、現在では東北6県および新潟県と長野県でのみ確認されている希少淡水魚(絶滅危惧ⅠA:環境省)である。1995年よりJAZAの種保存事業繁殖対象種に選定され、現在6園館にて保存活動を行っている。新潟市水族館では選定時より種別計画管理者を引き受け、本種の保存に努めてきた。

近年多くの種において遺伝的系統が調査され、系統を重視した保存活動が展開されるようになっている。しかし本種においては、一部の地域間での調査報告があるのみで、生息地全体にわたる系統は調べられていなかった。そこで新潟大学に協力を得て、本種の保全に資するために遺伝的系統解析を行った。新潟大学の協力を依頼した理由は、1.メダカの遺伝的系統分析の実績があり専門知識と設備がそろっている 2.水族館から近い 3.以前より展示や研究での交流があった の3点である。

まず本研究を行うにあたり当館保存個体を使用し予備実験を行った。予備実験では、調査領域(シトクロームB、16sリボソームRNA)の決定とプライマーの設計、実験方法やサンプリング方法等を試行した。実際にいくつかの系統があることが予想される結果が得られたため、それを踏まえ方針を決定した。同時にJAZAの野生動物保護募金による助成事業に申請、採択され研究費を得た。これにより一年間で研究を完了し活動の報告と公表の義務が生じた。
実際の役割分担は、検体の入手は水族館、実験方法の決定と設備提供・薬品の調合および実験機材の設定は大学、実験と塩基配列の決定は両者、分子系統解析は大学が担当した。なお打ち合わせはすべて大学で行った。助成研究費は、検体保存用のサンプル瓶とエタノール、大学で使用する試薬類に利用した。その他の支出として、検体輸送料やサンプリングにかかる費用は水族館、チップやチューブ等の消耗品や使用量が少ない薬品類は大学側が負担した。
水族館が受ける共同研究のメリットは、研究のデザインについての助言や実験の分担、設備の利用、解析作業など多大で、専門性の高い遺伝的系統解析が行えることであった。一方で、実働の共同研究者が大学院生であったため、課程修了により研究室から離れてしまい、その後の連絡が難しくなった。また、今後追加調査の必要が生じた際の引き継ぎ等が問題となると考えられる。大学側のメリットは、学生が社会と研究の接点を実感しやすい、研究成果の公開と社会への還元の良い機会となることなどがあげられる。また、1年間という期限のため、実験を進める中で必要となった追加実験の時間をつくることが困難であるという問題にも遭遇した。

本研究の結果、シナイモツゴは太平洋側(A)と日本海側(B)の2系統から成り、さらにBは5つの亜系統(B1~B5)に分けられることが判明した。現在保存している個体群は太平洋側の系統(A)と日本海側の2系統(B3,B5)に含まれ偏りがあった。今後は保存産地を見直すとともに新規の保存園館を募り、系統を重視した保存活動が展開できるよう努めたい。


シナイモツゴの遺伝的系統解析

2013年 第58回水族館技術者研究会

展示課 石川訓子
新潟大学自然科学系 坂井雅人,酒泉 満


シナイモツゴ Pseudorasbora pumila pumila は,東北6県および新潟県,長野県で生息が確認されている希少淡水魚(絶滅危惧IA:環境省)であり,JAZAの種保存事業対象種として,現在6園館にて保存活動が行われている.しかし,種内の遺伝的多様性に関する網羅的な報告はない.今後の保存活動に遺伝的多様性の把握は必須であると考え本解析を行った.

検体は,各保存園館からの提供,各地の保護団体や動物園・大学からの提供,当館による野生個体の採集により,青森2,岩手6,宮城1,秋田2,山形1,福島2,新潟11,長野1の計26地点177個体を得た.またウシモツゴ1産地8個体を入手し外群に用いた.

尾鰭の二叉より先端部分の上下をハサミで切除後,96%エタノールにて固定したものを検体とした.各個体からフェノールクロロフォルム法によりDNAを抽出し,ミトコンドリアDNA上にあるシトクロームB(以下Cytb)と16SリボソームRNA(以下16SrRNA)をPCR法により増幅し,ダイレクトシークエンス法にてそれぞれの領域の塩基配列を決定した.その後,最大節約法とベイズ法にて分子系統解析を行った.その結果,Cytb では 13,16SrRNA では 14,Cytb+16SrRNA では 16 のハプロタイプが検出された.最大節約法およびベイス法による分子系統解析の結果,これらは A,B,2つのクレードに大別できた.A は太平洋側のみに分布し,B は日本海側に分布していた.さらに Bは5つのサブクレード(B1~B5)から成っていた.

日本海側,特に新潟県内では異なる遺伝的系統が側所的または同所的に分布していることが判明した.また,現在の保存産地は3系統(A,B3,B5)のみであり,偏りがあることが明らかとなった.今後は遺伝的系統を踏まえた保存活動が展開できるよう図って行きたい.


アカムツ人工授精卵のふ化条件と仔魚の育成温度について

2013年 関東・東北ブロック水族館飼育技術者研究会

展示課 新田 誠


親魚は,性成熟期間に該当する2012年10月2日と10月9日の2回採集した.船上で乾導法による人工授精を実施し,浮上卵を表層水温(約25℃)で酸素パック輸送した.以前(2010年,2011年)は,卵管理を採集海域の表層水温(受精水温約23℃)で実施したところ,沈降後に大多数の卵が死亡した.受精後の浮遊卵は継時的な沈降後にふ化するため,卵発生時の適正水温はより低温であると推測した.今回は約25℃の海水を満たした30?パンライト容器に受精卵を移した後,濾過槽に設置したクーラーで徐々に水温を低下させ,沈降後の水温を親魚の産卵水深(約100m)を参考に水温約18℃で卵管理を試みた.また,過去2回では,沈降卵の放置がふ化率の低下を招いたため,エアーレーションによる強い通気を行い,常に卵が浮遊している状態を保つことで卵の沈降死を回避させた.結果,受精卵の大多数をふ化させることができた.ふ化までの時間は約35時間で,水温23℃の25時間より長くなった.ふ化仔魚は,500?パンライト容器でふ化時の水温約19℃で育成した.餌料には,栄養強化(SCP:クロレラ工業㈱)したS型ワムシを使用した.開口は,以前の育成時と変わらずふ化4日後であった.開口後,飼育水中に残ったワムシのさらなる栄養強化,光刺激の軽減などを考慮して,冷蔵ナンノ(ヤンマリンK-1:クロレラ工業㈱)50m?を飼育水中に毎日添加した.9日齢までは順調な成長が観察され,ワムシの摂餌も確認したが,その後成長が見られず,13日齢に大量死が見られた.19日齢まで育成した個体も成長が見られず,20日齢で最後の1尾が死亡した.受精卵の沈降死の対処方法は,卵管理時の強い通気と低水温管理が適していると判断されたが,仔魚の飼育に関しては,低水温飼育が成長阻害に起因した可能性を示唆し,水温の異なる環境での再試験が必要であると考えられた.


左後肢基部が腫脹したゴマフアザラシ

2013年 第39回海獣技術者研究会

展示課 田村広野,岩尾 一,井村洋之


2013年6月6日午後(第1病日),1頭のゴマフアザラシ Phoca largha (雌,3歳)左後肢基部が直径約 6cm の半球状に腫脹した.元気ではあったが,午前より摂餌が無く,左後肢関節の強直,他個体や人への神経質感が顕著だった.同日夕方の患部の触診では熱感,硬結感,液体や固形物の貯留は感じられず,視診では明らかな出血や外傷は確認できなかった.対症療法として,抗生剤(アンピシリン 20mg/Kg,皮下注,1日1回)と鎮痛剤(ケトプロフェン 1mg/Kg,皮下注,1日1回)を投薬した.第1病日の血液検査では,白血球数と CK 値の高値,鉄の低値が顕著で,筋組織の異常をともなった炎症性疾患を示す所見であった.第2病日のエコー検査および穿刺生検でも有意な所見はなかった.第2病日には腫脹がやや縮小したが,摂餌はないため,皮下注射での投薬を継続した.

第3病日には摂餌が回復したため,経口での抗生剤(アモキシシリン 10mg/Kg,1日2回)と鎮痛剤(カルプロフェン 1mg/Kg,1日1回)の投与に切り替えた.第3病日の血液検査は,第 1 病日よりも改善傾向の所見であった.腫脹部は,第4病日以降から縮小しだし,第6病日にはほぼ正常に戻った.左後肢の動きは,第2病日以降からゆっくりと改善され,第6病日に左右差はほぼ無くなった.

鎮痛剤は第6病日,抗生剤は第10病日まで投与した.各種検査所見,抗生剤の反応からは,鼠径ヘルニア,壊死性筋膜炎,皮下膿瘍,血腫などの鑑別診断は除外され,蜂窩織炎に近い病態であったと考えられた.起因菌の特定はできなかったが,使用したグラム陽性菌用の抗生剤に反応したことから,人や他種動物の蜂窩織炎の原因菌として多い連鎖球菌やブドウ球菌の関与が考えられた.もし発症当日に血液培養を行っていれば,起因菌を分離できたかもしれない.


アオウミガメの甲羅壊死症の治療

2013年 両生類爬虫類会議

展示課 岩尾一,原田彩知子


【症例1】
2010年1月9日(第1病日), 1頭のアオウミガメの背甲辺縁部で重度の壊死, 感染が生じていたため, 壊死組織のデブリドマン, 経口および筋肉注射での抗生剤投与を行った(ERFX 10mg/Kg 筋肉内注射, OFLX 20mg/Kg イカに入れての経口投与). 第1病日より, 継続的に病変部の状態を, グラム染色による細胞診でモニタリングしたところ, 大量に出現していたグラム陰性菌および白血球が, 抗生剤投与開始翌日から減少, 消失していることを確認したが, 第10病日より細菌が再出現したため, 第11病日に同じ方法でのOFLX投与を実施した. その後, 第20病日以降も細菌の出現はなかったため, 治療終了とした.

【症例2】
2012年5月15日(第1病日), 同個体が, 同居他個体からの咬傷で, 背甲の辺縁部に複数の壊死病変を生じたため, 前回同様にデブリドマン, 抗生剤投与(OFLXはLVFX 20mg/Kgに変更)を行った. 病変部のグラム染色によるモニタリングも同様に実施したが, グラム陰性大型連鎖球菌と白血球がERFXとLVFXの投与開始後も出現していたため, 細菌の染色態度, 使用抗生剤のスペクトラムから嫌気性菌関与も疑い, メトロニダゾール投与も第2病日より追加した(10mg/Kg PO 2日に1回). メトロニダゾール開始翌日より, 細胞診所見は改善した一方, 下痢が発生した. 下痢は整腸剤(ビオフェルミンS 5錠 Bid PO)の併用で著しく改善した. ERFXとLVFXの投与は初日のみ, メトロニダゾールは第22病日まで投与して, 治療を終了した.

【考察】
アカウミガメでは, イカに入れてERFXを20mg/Kgで経口投与すると7-10日間, 治療に十分な血中濃度が維持されることが判明している(Jacobson Et Al, 2005). 今回のアオウミガメの症例で用いた同系統のOFLX, LVFXでも同様の効果があったと考えられた. また, 局所の細胞診は治療効果判定に有用であった.


バイカルアザラシ Pusa sibirica における血中性ステロイドホルモンの濃度変化と繁殖成否の関連性

2013年 第19回日本野生動物医学会

展示課 岩尾 一


【序】
アザラシの雌の繁殖様式で特徴的な要素は, 毎年繁殖性, 年1回繁殖, 数ヶ月の着床遅延, 長い妊娠期間, 短い授乳期である. 繁殖内分泌学的には, 排卵後, 数週間から数ヶ月間持続するプロゲステロン(P4)の高値(偽妊娠), 胚の着床後から出産直前までのP4とエストラジオール(E2)の持続的な上昇が, 数種のアザラシで共通する特徴として知られている. 繁殖内分泌学的な報告がほぼないバイカルアザラシを対象として, 血中性ステロイドホルモンの濃度変化と繁殖成否の関連性を調べた.

【材料と方法】
新潟市水族館で飼育していたバイカルアザラシの1頭の雌について, 2007年12月から2012年9月にかけての繁殖履歴を調査した. 同期間中, 月1, 2回の後肢指間静脈からの採血を試み, P4とE2の血中濃度をCLIA法で測定した. 流産があった場合は胎仔の病理解剖も実施した.

【結果】
対象期間中の繁殖履歴は, 正常出産1回, 未妊娠1回, 流産3回であった. 正常に妊娠, 出産した1例では出産直前までP4, E2ともに持続的に上昇し, P4とE2の最大血中濃度はそれぞれ71ng/Ml, 142.4pg/Mlまで達した. 未妊娠の1例では, P4の血中濃度は偽妊娠期間中の14.1ng/Mlを最大値として以降, 次回排卵まで漸減し続け, E2の上昇はなかった. 流産した3例では, 正常出産時と比較して, 胚着床後, 3ヶ月間程度, P4の血中濃度が低い値で推移する傾向があった. E2の血中濃度は, 2例の流産例では流産直前まで正常出産時と変わらないほど高値で推移したが, 1例では偽妊娠期間中に極端な低値を示すなど不安定な挙動を示した. 3回の流産例の胎仔の死因は, 右心不全(2例)と脊柱側弯症(1例)であった.

【考察】
排卵後および胚着床まもなくのアザラシでは, P4は主に黄体から分泌されているが,胚着床後はP4の主要な分泌源は胎盤に切り替わるとともに, 卵胞および胎仔の生殖腺からE2が分泌されることが, 偽妊娠期間中のP4の血中濃度の高値, 胚着床後のP4およびE2の血中濃度の持続的な上昇の理由として考えられている. 対象個体の正常出産時, 未妊娠時のP4およびE2の血中濃度の変化は, 他種のアザラシで報告されている特徴と一致するものであった. 流産例ではすべての事例で, 胎仔死が妊娠中断の直接の原因であると考えられた. 胎仔の死因には何らかの先天的疾患が関与していたことから, 疾患に合併した胚や胎盤の発達異常などが, 胚着床後にP4の血中濃度が顕著に上昇しなかったり, P4やE2が不安定な挙動を示したりした要因となっていたのかもしれない.


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