調査・研究

研究会発表 抄録集

佐渡周辺での冷水系生物の収集、及び水中ロボットによる海底調査について

1992年 第37回水族館技術者研究会

展示課 ○長谷川順二


当館では、1990年のオープン以来、佐渡島の両津湾に生息する冷水系生物の飼育展示を行ってきた。 両津湾の冷水系生物の収集と、これら収集生物の環境展示を充実させるため、鳥羽水族館の協力のもとで行った海底調査について報告する。
収集:10月から5月まで行われているホッコクアカエビを主体としたエビ篭漁に乗船し、これに混獲される生物をこれまでに33種2644点収集した。 収集地点での水深は、200~500mである。輸送には、ポリエチレン製タンク2器(1トン、0.3トン)を用い、水温調整には海水氷を使用し、1~1.5℃を保った。
海底調査:調査期問は、1992年6月10~13日の3日間。調査には、漁船に乗船し、水中ロボット(三井造船RTV300)とアンダーウォーターカメラ(OSPREY杜)を用いた。 調査地点での水深は、150~250mであった。
収集した生物と、海底調査で得られた映像資料を参考に、合わせて展示することにより、より効果的な環境展示が行われた。今後も、このような調査と収集をひきつづき行いたいと思う。


新潟市水族館の役割としてのシナイモツゴの分布調査

1995年 第40回 水族館技術者研究会


展示課 ○加藤治彦


「絶滅のおそれのある野生生物」シナイモツゴ Pseudorasbora pumila pumila Miyadi は コイ目コイ科ヒガイ亜科モツゴ属の小型淡水魚で、「絶滅危惧種」ウシモツゴの基亜種である。 分布域は関東、東北地方とされているが、最近では新潟、山形、秋田、宮城4県での残存情報があるに過ぎない。 新潟市水族館では、1995年9月28日から10月26日にかけて、新潟県内及び隣接域における本亜種分布の現況を知るため調査を実施した。 調査は、自然保護センターとしてシフトしつつある水族館のパラダイムの中で、 「絶滅のおそれのある種の個体群とその自然生態系の保存を支援する活動」を行う 「分布域に立地する水族館の果たすべき役割の一分野」として位置付けられる。

目的:
1)野生生物の分布調査が水族館の恒常的な活動となった場合のコスト算出のための基礎データの収集。
2)シナイモツゴの分布状況の把握。

方法:
調査地では、水質測定及び捕獲器(セルビン、網素材のドウ)と手網による採集を行った。採集されたモツゴ属魚類 は双眼実体顕微鏡下で観察し、側線を標徴に、完全なものをモツゴ、不完全なものをシナイモツゴと同定した。

結果:
調査8日間で、総調査地数は43、調査費用は1回当たり約3千円であった。シナイモツゴは43調査地中9地点で採集され、 43調査地中3地点でモツゴが採集された。シナイモツゴとモツゴが同一調査地で採集されることはなかった。


座礁したハナゴンドウの保護、治療について

1998年 第24回 海獣技術者研究会

展示課 加藤治彦、進藤順治、野村卓之、大和 淳、平野訓子、○田村広野




1998年10月6日、新潟県村上市の三面川河口南側の海岸に、1頭のハナゴンドウ(雌、体長269cm)が、生きた状態で打ち上がった。この個体は、村上市から北に位置する山北町脇川周辺で、9月27日以来、数日にわたって陸上から視認 されていて、痩削が著しいため、当館で保護を試みた個体であることが体表の模様から判明した。
ハナゴンドウは、座礁時、瀕死の状態であったため、応急処置(補液、副腎皮質ホルモン剤、抗菌剤等の投与)を施した後、 当館に輸送した。担架に乗せ水中での姿勢を保持し、24時間体制で監視、治療にあたった。身体検査、血液検査と胃 内視鏡検査を定期的に行い、補液、抗菌剤、強肝剤、総合ビタミン剤等を投与し、強制給餌でイカを与えた。
10月10日、胃出血と肺炎が診断されたため、胃粘膜保護剤、呼吸促進剤と気管支拡張剤を投与し、餌料を消化酵素 剤を混ぜた流動食に変更した。10月12日からは、長期の吊起による体表のスレや床ずれが顕著になってきたため、1時間半程、介助により遊泳させた。10月14日、肺炎による呼吸不全で死亡した。生存期間は、保護より9日間であった。


治療の様子

漂着時



イルカのランディング行動の応用と有用性

1999年 第25回 海獣技術者研究会

展示課 鈴木倫明、加藤治彦、野村卓之、松本輝代、○平野訓子、田村広野


マリンピア日本海では、3頭のハンドウイルカ Tursiops truncatus に対して、3種類のランディング行動を形成し、飼育と 展示面で応用している。そこでこのランディング行動の応用と有用性について報告する。
基本となる行動は、1.腹部を下にステージに上がる「ランディング」、2.体側を下にステージに上がる「サイドランディング」、3. ランディング又はサイドランディングの状態でステージを滑る「グライディンク」である。これに方向性を加えた応用行動は、計 12パターンある。
ランディング及びサイドランディング行動は、現在、体表・眼球・口腔内の検査と治療、触診、身体各部の 計測、体重測定、聴診(肺、心音)、採尿、呼気検査等の健康管理に用いられており、今後、更なる項目(心拍率の測定、 超音波検診など)の追加、調査研究(ランディング時の体温変化など)が期待される。またショーにおいては、外部形態の解 説(哺乳類の特徴、進化)に用いられ、グライディンクは、観客に驚きを与えると共に体表の特徴である滑らかさを伝えるのに 有効である。


ハンドウイルカの採尿訓練概要と尿比重

2001年 第27回海獣技術者研究会

展示課 鈴木倫明、加藤治彦、野村卓之、進藤順治、○吉田直幸、松本輝代
石川訓子、新田 誠、山際紀子、長谷川 泉、長谷川直美、武者美奈絵


動物の尿は、当該個体の健康や生理状態の判断に有効な指標となる検体であるが、鯨目では、採取どころか視認すら 困難であることが多い。新潟市水族館では、条件付け技術を応用し、飼育展示下の3頭のハンドウイルカ Tursiops truncatus に対し、比較的安定的な採尿が可能になっており、尿性状について基礎的なデータを集積しつつある。訓練 の概要と尿性状の一部である尿比重について報告する。
尿は、動物を陸上に乗り上げさせて排尿を待ち、採取する。この時、動物は腹部をトレーナー側に向け横臥姿勢をとる (=サイドランディング(平野地、1999))。

採尿の為にはいくつかの行動を形成しそれらを連鎖する必要がある。条件付けを行った核となる行動は、
①動物に水中で仰臥姿勢を取らせ、体軸 をブールデッキに平行に尾鰭を保持する(=ハズバンドリー姿勢)。
②通常排尿までの時間は呼吸間隔を越える為、何度か 体を捻転させ呼吸の機会を与えながら、排尿を待つ。
③排尿を視認する。
④腹部をトレーナー側に向けサイドランディング させる。
⑤排尿の確認と採取。である。
強化子には、笛、餌、トレーナーの手による接触刺激を用いた。2001年6月12 日から7月11日にかけて、1日3回の採尿を目標とした集中的な検体採取からは以下の尿比重結果が得られた。(平均,標 準偏差,範囲,標本数)=(1.053,0.004,1.045-1.060,54), (1.039,0.004,1.031-1.050,77), (1.043,0.003,1.037-1.053,76)。


カブトクラゲの繁殖

2011年 第55回水族館技術者研究会

展示課 ○石川 訓子


有櫛動物門有触手綱のカブトクラゲBolinopsis mikado は,その形や櫛板列の光の反射等展示効果は高い.しかし体が脆弱であり展示には傷の無い個体の確保が必要であるため,新潟市水族館では2008 年から繁殖を行っている.カブトクラゲの累代飼育の報告は無いため,今回安定した累代飼育を可能にする繁殖方法の確立を目的に2010 年5 月8 日より採卵と育成データの集積を試みた.

0.5μm フィルターによるろ過海水を入れたビーカーに,1L あたり1 個体の密度で成熟個体(平均全長65.0 ㎜)を夕方収容し,通気無しで一晩暗条件下に放置,翌朝静置した底面水から受精卵を回収した.卵は無色透明で,卵径は0.675±0.034mm(平均±SD:以下同様)(N=10),14L 円形水槽に150個程度ずつ収容しごく弱く通気した.回収日の夕方にふ化し,ふ化時の触手面最大幅(以下幅)は0.275±0.025 ㎜(N=10)であった.ふ化半日後には2 本の触手を持つ幼生となり,栄養強化したシオミズツボワムシを与え,5 日目より同アルテミアふ化幼生を併用した.ふ化後10 日目(幅約3.5㎜)より変態が開始され,14 日目(全長約12 ㎜)で触手は残るが袖状突起,耳状突起が形成された.16 日目(全長約15 ㎜)で触手は消失し変態が完了した個体から65L 四角型水槽に移し,ふ化後30 日で全長約45 ㎜に達した.なお換水は3~5 日おきに行い,飼育水温は全て20℃に設定した.

幼生期の瞬間成長速度率は47.5±13.5%であり,粕谷ら(2002)の報告とほぼ等しく今回の手法は本種に適した育成方法であると示唆された.また40 ㎜に成長した個体数/採卵親個体数は,2009年は3/8,3/5,10/14 であったのに対し,2010 年は37/11(5 月8 日採卵)次世代は55/5(12 月4日)と向上が見られた.なお同方法を用いたオビクラゲとツノクラゲの繁殖は,長期育成できなかったが,今後この手法を応用,改良することで他の有櫛動物の繁殖は可能であると考えられる.

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ハマクマノミを用いて検討した海産仔稚魚展示の試み

2010年 第54回水族館技術者研究会

展示課 ○ 新田 誠


海産仔魚の展示は,分散や繁殖習性などの生活戦略を解説する上で効果的である.しかし,①強い水流や打撃などの物理的刺激に対して脆弱である,②仔魚や餌料の流出を防ぐ目的から止水飼育が適しているが,水質改善に大量の換水が毎日必要となる,③個体が小さく肉眼的に視認しにくいなどの飼育展示上の諸問題があり,従来は展示が困難であった.この度,改善策を施した常設展示水槽にて,孵化直後のハマクマノミの展示を試み,良好な結果を得たので報告する.

展示には角型のアクリル水槽(L600×W300×H400㎜)を使用し,刺激を軽減するためにパネル板で隔てて設置した.観察面は透明アクリル板で覆い,水槽ガラス面との間に約2㎝の空間を設けた.育成方法は,止水飼育による透明度の低下や,換水時に起こる持続展示の中断を防ぐために濾過循環式とした.循環水は25.0℃前後に加温した.循環水量は,仔魚への流速の配慮と餌料の流失防止を考慮して,水温保持の必要量まで極力抑えた.仔魚の流出防止には,排水口をスポンジフィルターで覆い,周囲の排水速度を低下させた.対象が小さいため,水槽上部へ仔稚魚の発生段階を示すスケッチを表示し,顕微鏡下の卵発生などの映像を小型のデジタルフォトフレームで自動再生した.

展示水槽への循環水量は,100~300(ML/分)の注水で,飼育水温,餌料の残存率,稚魚期までの生残率を調べた結果,約150mL/分(換水率3.1回/日)が適量であった.循環水量150 ML/分で飼育展示した結果,水温24.3±0.1℃ (循環水温25.5±0.1℃,室温22.2±0.2℃),餌料として約20個体/MLで投与したシオミズツボワムシの24時間後の残存率は平均44.3%であった.稚魚期までの生残率は22.2~29.0%であり,比較で止水飼育した際の稚魚期までの生残率3.1~9.9%を上回った.展示面では,未成魚や産卵中の親魚に隣接して展示することで,生活史を理解し易い効果が得られた.

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バイカルアザラシの人工哺育

2006年 第32回海獣技術者研究会

展示課 ○栗城智香、新原扶美佳、吉田直幸、野村卓之、進藤順治、山崎幸雄


バイカルアザラシ Phoca sibirica が新潟市水族館において、国内で初めて飼育下繁殖し、人工哺育に成功したので報告する。飼育環境は、水槽6×5×1.5(D)m、50立方メートル、陸場13.8㎡の規模で、開放重力式濾過槽を備え、水温9-18℃、室温8-19℃で変化した。母獣は1990年7月2日に推定年齢0歳で搬入された雄1頭と雌2頭の内の1頭。2001年より交尾行動が観察され、2004年に死産の経験がある。出産時16歳で、11月頃より体重増加が見られ、経過を観察した。仔獣は2006年4月18日朝に展示室の陸場で発見された。胎盤は陸場に排出されており、490gだった。育仔行動が見られなかったため隔離し、人工哺育を開始した。授乳はビニールホース(内径5mm,外径7mm)を使用してミルクを胃内に流し込む方法をとった。母獣より採取した乳汁2mlを初回に与えた。ミルクは4-6回/日、340-1080ml/日、526-3007kcal/日(0日齢-36日齢)を与えた。市販の子犬用ミルクと水生哺乳動物用粉ミルクを用い、段階に応じてマグロ肉、マアジ肉を混合し、その後はマアジを与えた。仔獣飼育室の温度は15-21℃、水温は14-19℃の範囲にあった。

出生時の仔獣の体長は約63cm、体重は3.86kgであったが、15日齢で7.88kg、36日齢(断乳時)には11.9kgに達した。新生仔毛の換毛は10日齢頃から始まり、25日齢頃に終了した。39日齢より自力摂餌が可能となり、52日齢より展示室へ移動した。9月2日現在、体重20.28kgと順調に成育している。

  


シナイモツゴの遺伝的変異個体群と飼育下保存

2002年 第47回水族館技術者研究会

展示課 加藤治彦、鶴巻博之、山田篤、小川忠雄、鈴木倫明
東京水産大学 渡邊精一


シナイモツゴは、絶滅危慎IB類(環境庁、1999)に評価される日本固有亜種である。本亜種の保全に資するため遺伝学的集団解析を行った。
新潟県内外18地点から得られたモツゴ属3タクサ324個体を用い、アロザイム電気泳動法による遺伝学的解析を行った。集団間の遺伝的類縁を解析するため12個体群の遺伝子頻度をもとに、Neiの遺伝的距離を求め、 UPGMA法を用いてクラスター分析を行った。

分析の結果、シナイモツゴ6個体群とウシモツゴ1個体群の2亜種で1クラスター、モツゴ5個体群は別クラスターとなり形態による分類と整合した。一方、シナイモツゴ6個体群内の1個体群が他の個体群と遺伝的に大きく異なっていること(Nei's D=0.108)が示された。この遺伝的相違は、推定された7酵素10遺伝子座の内、LDH-2遺伝子座の対立遺伝子の完全置換に基くもので、本亜種の遺伝的形質に隻団による変異があることが示された。
本個体群は、遺伝的撹乱防止のため他個体群との隔離が必要である。新潟市水族館では、本個体群のみを飼育下保存の対象とし、2001年9月28日に65個体を野生生息域より導入、2002年8月31日現在,約200尾の繁殖個体を保持している。今後、飼育下での単型化の対策、生息環境のモニタリング、保全啓発活動などが課題と思われる。


血尿を呈したハンドウイルカの1症例

2003年 第29回海獣技術者研究会

展示課 鈴木倫明、加藤治彦、野村卓之、進藤順治、吉田直幸、松本輝代
新田 誠、○栗城智香、山際紀子、長谷川泉


飼育下のハンドウイルカ Tursiops truncatus gilli (メス、体重170㎏,体長257㎝) に血尿が見られた。症状及び治療経過 について報告する。2001年11月15日、ランディング時に赤色尿を確認。翌日、血液検査、尿検査を実施。尿検査の結果、 尿性状はpH7.5、蛋白+++潜血+++、尿沈渣では多数の赤血球、白血球、リン酸アンモニウム結晶が確認された。血液検 査結果、食欲、体温等の一般状態に異常は認められなかった。症状及び臨床検査結果より膀胱炎並びに尿路結石症 を伴う血尿症と診断。後日、尿培養より大腸菌が分離された。

治療は、尿培養によって得られた薬剤感受性試験結果に基づいた抗菌剤(OFLX、LVFX、CCL、MINO)と尿路結石治療 剤(ウロカルン)を経口投与とした。治療の結果、6週後の尿培養で細菌の発育が認められなくなり、抗菌剤の投与を終了 した。7週以降から尿は黄色を呈し、9週後にはpH6.0と酸性化し、潜血、蛋白は減少、尿沈渣はリン酸アンモニウム結晶 の消失、赤血球数の減少が見られた。14週後の尿検査において、尿は透明感のある黄色。pH6.0、尿沈渣で顕微鏡的 な微少出血が見られる程度となった。以後、潜血は確認されない。尿路結石治療剤は予防の為半年程使用した。

受診動作訓練に基づく定期的尿採取及び検査を実施し、結果を基に適切な治療が行え、治癒の転帰をとった。2003 年8月21日現在、再発は見られない。


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