研究会発表 抄録集

研究会発表 抄録集

シナイモツゴの遺伝的系統解析

2013年 第58回水族館技術者研究会

展示課 石川訓子
新潟大学自然科学系 坂井雅人,酒泉 満

シナイモツゴ Pseudorasbora pumila pumila は,東北6県および新潟県,長野県で生息が確認されている希少淡水魚(絶滅危惧IA:環境省)であり,JAZAの種保存事業対象種として,現在6園館にて保存活動が行われている.しかし,種内の遺伝的多様性に関する網羅的な報告はない.今後の保存活動に遺伝的多様性の把握は必須であると考え本解析を行った.

検体は,各保存園館からの提供,各地の保護団体や動物園・大学からの提供,当館による野生個体の採集により,青森2,岩手6,宮城1,秋田2,山形1,福島2,新潟11,長野1の計26地点177個体を得た.またウシモツゴ1産地8個体を入手し外群に用いた.

尾鰭の二叉より先端部分の上下をハサミで切除後,96%エタノールにて固定したものを検体とした.各個体からフェノールクロロフォルム法によりDNAを抽出し,ミトコンドリアDNA上にあるシトクロームB(以下Cytb)と16SリボソームRNA(以下16SrRNA)をPCR法により増幅し,ダイレクトシークエンス法にてそれぞれの領域の塩基配列を決定した.その後,最大節約法とベイズ法にて分子系統解析を行った.その結果,Cytb では 13,16SrRNA では 14,Cytb+16SrRNA では 16 のハプロタイプが検出された.最大節約法およびベイス法による分子系統解析の結果,これらは A,B,2つのクレードに大別できた.A は太平洋側のみに分布し,B は日本海側に分布していた.さらに Bは5つのサブクレード(B1~B5)から成っていた.

日本海側,特に新潟県内では異なる遺伝的系統が側所的または同所的に分布していることが判明した.また,現在の保存産地は3系統(A,B3,B5)のみであり,偏りがあることが明らかとなった.今後は遺伝的系統を踏まえた保存活動が展開できるよう図って行きたい.

アカムツ人工授精卵のふ化条件と仔魚の育成温度について

2013年 関東・東北ブロック水族館飼育技術者研究会

展示課 新田 誠

親魚は,性成熟期間に該当する2012年10月2日と10月9日の2回採集した.船上で乾導法による人工授精を実施し,浮上卵を表層水温(約25℃)で酸素パック輸送した.以前(2010年,2011年)は,卵管理を採集海域の表層水温(受精水温約23℃)で実施したところ,沈降後に大多数の卵が死亡した.受精後の浮遊卵は継時的な沈降後にふ化するため,卵発生時の適正水温はより低温であると推測した.今回は約25℃の海水を満たした30?パンライト容器に受精卵を移した後,濾過槽に設置したクーラーで徐々に水温を低下させ,沈降後の水温を親魚の産卵水深(約100m)を参考に水温約18℃で卵管理を試みた.また,過去2回では,沈降卵の放置がふ化率の低下を招いたため,エアーレーションによる強い通気を行い,常に卵が浮遊している状態を保つことで卵の沈降死を回避させた.結果,受精卵の大多数をふ化させることができた.ふ化までの時間は約35時間で,水温23℃の25時間より長くなった.ふ化仔魚は,500?パンライト容器でふ化時の水温約19℃で育成した.餌料には,栄養強化(SCP:クロレラ工業㈱)したS型ワムシを使用した.開口は,以前の育成時と変わらずふ化4日後であった.開口後,飼育水中に残ったワムシのさらなる栄養強化,光刺激の軽減などを考慮して,冷蔵ナンノ(ヤンマリンK-1:クロレラ工業㈱)50m?を飼育水中に毎日添加した.9日齢までは順調な成長が観察され,ワムシの摂餌も確認したが,その後成長が見られず,13日齢に大量死が見られた.19日齢まで育成した個体も成長が見られず,20日齢で最後の1尾が死亡した.受精卵の沈降死の対処方法は,卵管理時の強い通気と低水温管理が適していると判断されたが,仔魚の飼育に関しては,低水温飼育が成長阻害に起因した可能性を示唆し,水温の異なる環境での再試験が必要であると考えられた.

左後肢基部が腫脹したゴマフアザラシ

2013年 第39回海獣技術者研究会

展示課 田村広野,岩尾 一,井村洋之

2013年6月6日午後(第1病日),1頭のゴマフアザラシ Phoca largha (雌,3歳)左後肢基部が直径約 6cm の半球状に腫脹した.元気ではあったが,午前より摂餌が無く,左後肢関節の強直,他個体や人への神経質感が顕著だった.同日夕方の患部の触診では熱感,硬結感,液体や固形物の貯留は感じられず,視診では明らかな出血や外傷は確認できなかった.対症療法として,抗生剤(アンピシリン 20mg/Kg,皮下注,1日1回)と鎮痛剤(ケトプロフェン 1mg/Kg,皮下注,1日1回)を投薬した.第1病日の血液検査では,白血球数と CK 値の高値,鉄の低値が顕著で,筋組織の異常をともなった炎症性疾患を示す所見であった.第2病日のエコー検査および穿刺生検でも有意な所見はなかった.第2病日には腫脹がやや縮小したが,摂餌はないため,皮下注射での投薬を継続した.

第3病日には摂餌が回復したため,経口での抗生剤(アモキシシリン 10mg/Kg,1日2回)と鎮痛剤(カルプロフェン 1mg/Kg,1日1回)の投与に切り替えた.第3病日の血液検査は,第 1 病日よりも改善傾向の所見であった.腫脹部は,第4病日以降から縮小しだし,第6病日にはほぼ正常に戻った.左後肢の動きは,第2病日以降からゆっくりと改善され,第6病日に左右差はほぼ無くなった.

鎮痛剤は第6病日,抗生剤は第10病日まで投与した.各種検査所見,抗生剤の反応からは,鼠径ヘルニア,壊死性筋膜炎,皮下膿瘍,血腫などの鑑別診断は除外され,蜂窩織炎に近い病態であったと考えられた.起因菌の特定はできなかったが,使用したグラム陽性菌用の抗生剤に反応したことから,人や他種動物の蜂窩織炎の原因菌として多い連鎖球菌やブドウ球菌の関与が考えられた.もし発症当日に血液培養を行っていれば,起因菌を分離できたかもしれない.

アオウミガメの甲羅壊死症の治療

2013年 両生類爬虫類会議

展示課 岩尾一,原田彩知子

【症例1】
2010年1月9日(第1病日), 1頭のアオウミガメの背甲辺縁部で重度の壊死, 感染が生じていたため, 壊死組織のデブリドマン, 経口および筋肉注射での抗生剤投与を行った(ERFX 10mg/Kg 筋肉内注射, OFLX 20mg/Kg イカに入れての経口投与). 第1病日より, 継続的に病変部の状態を, グラム染色による細胞診でモニタリングしたところ, 大量に出現していたグラム陰性菌および白血球が, 抗生剤投与開始翌日から減少, 消失していることを確認したが, 第10病日より細菌が再出現したため, 第11病日に同じ方法でのOFLX投与を実施した. その後, 第20病日以降も細菌の出現はなかったため, 治療終了とした.

【症例2】
2012年5月15日(第1病日), 同個体が, 同居他個体からの咬傷で, 背甲の辺縁部に複数の壊死病変を生じたため, 前回同様にデブリドマン, 抗生剤投与(OFLXはLVFX 20mg/Kgに変更)を行った. 病変部のグラム染色によるモニタリングも同様に実施したが, グラム陰性大型連鎖球菌と白血球がERFXとLVFXの投与開始後も出現していたため, 細菌の染色態度, 使用抗生剤のスペクトラムから嫌気性菌関与も疑い, メトロニダゾール投与も第2病日より追加した(10mg/Kg PO 2日に1回). メトロニダゾール開始翌日より, 細胞診所見は改善した一方, 下痢が発生した. 下痢は整腸剤(ビオフェルミンS 5錠 Bid PO)の併用で著しく改善した. ERFXとLVFXの投与は初日のみ, メトロニダゾールは第22病日まで投与して, 治療を終了した.

【考察】
アカウミガメでは, イカに入れてERFXを20mg/Kgで経口投与すると7-10日間, 治療に十分な血中濃度が維持されることが判明している(Jacobson Et Al, 2005). 今回のアオウミガメの症例で用いた同系統のOFLX, LVFXでも同様の効果があったと考えられた. また, 局所の細胞診は治療効果判定に有用であった.

バイカルアザラシ Pusa sibirica における血中性ステロイドホルモンの濃度変化と繁殖成否の関連性

2013年 第19回日本野生動物医学会

展示課 岩尾 一

【序】
アザラシの雌の繁殖様式で特徴的な要素は, 毎年繁殖性, 年1回繁殖, 数ヶ月の着床遅延, 長い妊娠期間, 短い授乳期である. 繁殖内分泌学的には, 排卵後, 数週間から数ヶ月間持続するプロゲステロン(P4)の高値(偽妊娠), 胚の着床後から出産直前までのP4とエストラジオール(E2)の持続的な上昇が, 数種のアザラシで共通する特徴として知られている. 繁殖内分泌学的な報告がほぼないバイカルアザラシを対象として, 血中性ステロイドホルモンの濃度変化と繁殖成否の関連性を調べた.

【材料と方法】
新潟市水族館で飼育していたバイカルアザラシの1頭の雌について, 2007年12月から2012年9月にかけての繁殖履歴を調査した. 同期間中, 月1, 2回の後肢指間静脈からの採血を試み, P4とE2の血中濃度をCLIA法で測定した. 流産があった場合は胎仔の病理解剖も実施した.

【結果】
対象期間中の繁殖履歴は, 正常出産1回, 未妊娠1回, 流産3回であった. 正常に妊娠, 出産した1例では出産直前までP4, E2ともに持続的に上昇し, P4とE2の最大血中濃度はそれぞれ71ng/Ml, 142.4pg/Mlまで達した. 未妊娠の1例では, P4の血中濃度は偽妊娠期間中の14.1ng/Mlを最大値として以降, 次回排卵まで漸減し続け, E2の上昇はなかった. 流産した3例では, 正常出産時と比較して, 胚着床後, 3ヶ月間程度, P4の血中濃度が低い値で推移する傾向があった. E2の血中濃度は, 2例の流産例では流産直前まで正常出産時と変わらないほど高値で推移したが, 1例では偽妊娠期間中に極端な低値を示すなど不安定な挙動を示した. 3回の流産例の胎仔の死因は, 右心不全(2例)と脊柱側弯症(1例)であった.

【考察】
排卵後および胚着床まもなくのアザラシでは, P4は主に黄体から分泌されているが,胚着床後はP4の主要な分泌源は胎盤に切り替わるとともに, 卵胞および胎仔の生殖腺からE2が分泌されることが, 偽妊娠期間中のP4の血中濃度の高値, 胚着床後のP4およびE2の血中濃度の持続的な上昇の理由として考えられている. 対象個体の正常出産時, 未妊娠時のP4およびE2の血中濃度の変化は, 他種のアザラシで報告されている特徴と一致するものであった. 流産例ではすべての事例で, 胎仔死が妊娠中断の直接の原因であると考えられた. 胎仔の死因には何らかの先天的疾患が関与していたことから, 疾患に合併した胚や胎盤の発達異常などが, 胚着床後にP4の血中濃度が顕著に上昇しなかったり, P4やE2が不安定な挙動を示したりした要因となっていたのかもしれない.

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