研究会発表 抄録集

研究会発表 抄録集

ハンドウイルカの肺アクチノマイセス症疑い2例

2013年 動物園水族館獣医師臨床研究会

展示課 岩尾一, 山際紀子, 鶴巻博之

アクチノマイセスは分岐した短桿菌から繊維状の形態を示す, 動物の口内に常在する非抗酸性グラム陽性嫌気性細菌であり, 口腔以外にも, 時に軟部組織や深部臓器での感染症を起こすこともある. ハンドウイルカ2頭で肺アクチノマイセス症を疑う所見を得たので報告する.

症例1: 雌, 22年飼育. 下顎先端の複数の動揺歯周囲で持続的な排膿と時折の腫脹があり, 2011年10月より呼気の細胞診で白血球の少数出現が持続していた. 歯周の白色膿のグラム染色および嫌気培養でActinomyces Sp.を検出したため, AMPC(10mg/Kg Bid PO)を投与開始すると, 呼気中の白血球の出現も停止した. AMPC投与開始後, 20日目にネフローゼ症候群, 33日目に肺炎様症状を発症したため, ステロイド, 各種抗菌薬を投与するものの75日目に死亡した. 肺炎様症状後, 呼気中に間欠的なアクチノマイセス様菌塊の出現を認め, 剖検では肺の約2/3を占める硫黄顆粒状物を含む肺膿瘍を形成していた. 死後の培養検査等では膿瘍部より有意な病原体は検出されなかった.

症例2: 雌, 23年飼育. 下顎先端の一本の動揺歯周囲からの白色膿の持続排泄. 2012年4月より呼気の細胞診で持続的な白血球の出現が見られた. 2012年5月, 歯周の白色膿のグラム染色でアクチノマイセス様菌体を検出するが, 培養には失敗した. AMPC(10mg/Kg Bid PO)を投与開始以降, 呼気細胞診上, 白血球の出現は一旦停止したが, 10日目以降より間欠的に新鮮および膿瘍化した白血球, アクチノマイセスの溶菌像と思われるグラム陽性物が大量に出現するようになった. AMPCは約9ヶ月目の現在も投与中である.

肺アクチノマイセス症は誤嚥に起因する事例が多いものの, 鯨類では特殊な呼吸器の解剖構造から, 口腔内容物の誤嚥は生じにくく, 本2症例では破折歯周囲の感染巣からの血行感染が疑われた. アクチノマイセスは鯨類の細菌性肺膿瘍の起因菌としての報告事例はないものの, 歯周疾患を持つ個体では特に鑑別診断候補に加えるべきと考えられた.

ハンドウイルカにおけるボリコナゾールの治療薬物濃度モニタリングの1例

2012年 第38回海獣技術者研究会

展示課 岩尾 一,加藤 結,鶴巻 博之

広域アゾール系抗真菌薬のボリコナゾール(VCZ)は人では個人間での代謝速度の変異が大きいため, 治療失敗や副作用回避のための治療薬物濃度モニタリング(TDM)が推奨されている. 海獣ではVCZ代謝が極端に遅いため, 海外では7-14日間隔での間欠投与が推奨されている.

内視鏡検査, 胃液および前胃壁生検サンプルの培養と細胞診で, Candida glabrata感染による前胃炎と診断し, VCZを投与したハンドウイルカ(200kg, 雌)でのTDMの結果を報告する. VCZは2mg/Kg, 1日2回で, 1, 2, 3, 10, 17, 27日目に経口投与した. VCZ投与開始後, 30日目以降の複数回の内視鏡観察で前胃壁の病変も改善し, 培養検査でもC. Glabrataの発育が陰性化したため, VCZ投与は27日目の投与をもって終了した. 以後, 再発は見られていない. TDMは, 4, 7, 10, 17, 24, 27, 32, 37, 42日目の給餌前に採取した血液中のVCZ濃度を測定して行った. 各日の血中VCZ濃度は, それぞれ5.74, 3.76, 2.63, 2.61, 1.13, 1.5, 3.32, 1.02, 0.8ug/Mlであり, バンドウイルカでのVCZ半減期は約7日程度と長いことが確認された. 治療期間中を通じて, VCZの血中濃度は至適濃度を達成していた. 血液検査上は治療期間後半に肝酵素値の軽度上昇が見られたものの(投与前よりASTは約30%, ALTは約40%上昇), 投与期間中を通じて顕著な臨床上の異常は認めず, 効率的かつ安全なVCZ投与を達成できたと考えられた. また, 1.0ug/Ml程度と予想した27日目の血中濃度が1.5ug/Mlとやや高値となったのは, 体内でのVCZの蓄積も理由のひとつとして疑われた.

アオウミガメChelonia mydasのビタミンD欠乏症の一例

2012年 第18回日本野生動物医学会

展示課 岩尾一, 澁谷こず恵

【序】
代謝性骨疾患(MBD)は, 飼育下の爬虫類で好発する疾患であり, ビタミンD欠乏症, カルシウムの摂取不足, リンの過剰摂取, 腎不全等が原因となる. ビタミンDの欠乏要因としては, 経口からの摂取不足, 紫外線不足による体表での合成不良がある(Ulirey, 2003).飼育下のアオウミガメ Chelonia mydas が, ビタミンD欠乏症によるMBDと確定診断されたので, その臨床経過を報告する.

【症例】
屋内にて紫外線照射を行わず飼育していた野生由来のアオウミガメ(搬入時直標準甲長:69.4cm, 体重:50.2kg)が搬入後約23ヶ月目ごろより, 食欲不振, 元気消失, 浮遊姿勢の異常の症状を呈したため, 別水槽に隔離し, 診察を行った(第1病日). 身体検査では削痩, 橋部および背甲の軟化, 甲板境界部での結合組織の脱落, 成長線の消失,古い甲板の脱落不良が明らかになった. 血液検査では血中カルシウム値の軽度低下のほかに著変を認めなかった. 飼育履歴と臨床症状からMBDを疑い,爬虫類用紫外線灯の設置を第2病日より行った. 第5病日より摂餌が回復してからは, 炭酸カルシウム剤の経口投与(餌のマアジ500gにつき150-300mg, PO)を開始した. 第2病日の凍結保存血清中の25-OH-ビタミンD濃度は検出限界値未満(<0.5ng/Ml)であり, ビタミンD欠乏症と確定診断されたため, 第17病日よりはコレカルシフェロールの投与(400IU/Kg, IM, Q14day.2)も行った. 第156病日の採血時には, 血中25-OH-ビタミンDの値は25ng/Mlまで回復し, 甲羅の異常も改善傾向である.

【考察】
ビタミンDの摂取経路は, 経口と紫外線による体表での合成の主に2つあるが, どちらかのみに依存した動物種もある(前者の代表は哺乳類の食肉目, 後者は爬虫類のイグアナ)(Ulrey,2003).カメ類における経口でのビタミンD吸収能を調べた事例はないものの, 経験的にはウミガメ類では紫外線照射を行わなくとも屋内飼育が可能であることから, 餌に含有されるビタミンDを摂取することで最低限のビタミンD要求は満たせるものと思われる. 特に海産魚はビタミンDを豊富に含む(Bernard And Allen, 2002).事実, 本症例個体と同水槽で飼育されていた同種他個体(N=3)については,甲羅の成長線もはっきり確認でき, ビタミンD欠乏症を疑う症状は現れていなかった. しかし, 屋内飼育下のアオウミガメは, 野生もしくは屋外飼育個体よりも血中25-OH-ビタミンDが低値を示すという報告が増えており(Purgleyet Al., 2009; Stringeret Al., 2010),紫外線照射も重要な要素であるようだ.

症例個体は, 同居していた他個体に餌を奪われがちで, 十分な摂餌が行えていなかった様子が発症数ヶ月前から見られていた. 紫外線照射がなく, ビタミンDの供給が餌由来に限られている状況で, さらに餌からのビタミンD摂取も制限され, ビタミンD欠乏症を発症したものと考えられた.

アカムツの人工授精と仔魚の初期飼育について

2012年 第56回水族館技術者研究会

展示課 ○ 新田 誠

アカムツは,生息深度が深く良好な状態での採集が困難な魚種である.この度,育成個体による展示を目的に,刺し網漁で漁獲されたアカムツで人工授精を行い,仔魚育成を試みた.

親魚は,2010年,2011年の2回,性成熟期間に該当する9月下旬~10月上旬に採集した.2010年は船上で受精卵が得られなかったため,親魚を水温13℃で輸送後,ホルモン剤(HCG:ゴナトロピン)を,雄:50IU/尾(全長197㎜,体重100g),雌:200IU/尾(全長300㎜,体重490g)筋注した.8時間後に採精し検鏡で精子活動を確認,同時刻に採卵した卵(卵径0.9㎜)が完熟卵と確認されたため,乾導法で受精した.海水(23℃)を満たすと,卵が浮上卵と沈降卵に分離し,浮上卵で受精膜を確認した.2011年は,受精は船上で乾導法を実施し,浮上卵を水温23℃で酸素パック輸送した.浮上卵を別容器に移し,少量の海水(23℃)を注水して保管した結果,受精25時間後にふ化を開始した.ふ化直前に沈降卵が増加し,ふ化数は,2010年が21尾,2011年が165尾であった.ふ化1日後の仔魚(全長1.92㎜)は膜鰭を呈し,眼の黒化は見られず,口と肛門は未開口であった.黄色素胞が,眼後方~第7筋節腹面,第12~16筋節背面に見られた.4日後(全長2.97㎜)に肛門の形成と開口を確認し,2010年はL型ワムシ(約250μm)を栄養強化して給餌したが,5日齢に大量死し,生存期間は最長で10日齢であった.6日齢の口径を測定すると200μmであった.生存個体は,ふ化した仔ワムシ(約140μm)を摂餌したと推測され,S型の方がより適していると思われた.2011年は,栄養強化したS型ワムシ(約160μm)を給餌した.初期減耗により,7日後に1個体(全長2.72mm,口径192μm)となったが,解剖でワムシの摂餌を確認した.餌料サイズは判明したが,卵管理改善によるふ化率向上と初期減耗を減少させる飼育条件の解明が今後の課題である.

トノサマガエル白化個体の上皮小体機能亢進症の発症と治療

2011年 関東・東北ブロック水族館飼育技術者研究会

展示課 岩尾 一

トノサマガエル白化個体での上小体機能亢進症(Hyperparathyroidism:HPT)発症例の経過を報告する. 上皮小体は体内のカルシウム濃度を制御しているが, 上皮小体の機能が亢進すると, 骨の脱灰が生じ, 骨の脆弱化(代謝性骨疾患), 低カルシウム血症等を生じる. 動物では, カルシウムやビタミンDの摂取不足による栄養性 のHPTが一般的である. 2010年7月9日, 新潟県阿賀野市で発見されたトノサマガエル白化型の幼生11個体が市民より譲渡された.

幼生は, 熱帯魚用飼料用(テトラミン(R))と赤虫で育成し, 同年9月までに8個体が変態・上陸した. 変態後の幼体には, 適当なサイズのイエコオロギに炭酸カルシウムをまぶして給餌した. 同年11月ごろより, 成長遅延, 鼓腸症, 動作緩慢, 食欲不振といった症状が4個体の上陸幼体でみられるようになった. 細菌感染症を疑い, 抗生剤投与(エンロフロキサシン 5mg/L 10分間浸漬 5日間)を行ったものの症状の改善は認められなかった.

その後, 重症例では後肢の痙攣も頻発するようになり, 同年12月中に2個体が死亡した. 死亡個体の剖検では重度の皮下水腫を認めたものの, 感染症を疑う所見は無かった. 各種症状から, HPTを疑い, 診断的治療として, 2011年1月11日よりビタミンD(オスビタン1000(R) 2-3IU/Ml)を添加したグルコン酸カルシウム水溶液中(カルチコール末(R) 2g/L)での飼育に切り替えたところ, 症状が次第に改善したことから, HPTと診断した. 発症から9ヶ月経つ現在, 4匹が生存しているものの, 未だ完治せず, グルコン酸カルシウム水溶液中での飼育を継続している.

また, ほとんどの個体で自発採餌が困難であるため, 強制給餌も継続している. HPTの発症理由としては, 栄養性の原因が最も疑われる. しかし, 今回の発症個体はすべて色彩変異個体であり, 同クラッチ由来と考えられることから, 遺伝的要因の関与も否定できないと考えている.

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